2005年11月06日

ツールドフランス

ツールドフランスは、世界の頂点に位置する選手達によって23日間にも渡って戦いが繰り広げられる、まさに世界最大のサイクルロードレース。略してツールと呼ばれることも多い。

ツールの走行距離は三千キロから四千キロ。開催する年によって距離は異なるが、近年はコースの難易度が増し、またレース全体が高速化しているため徐々に短くなっている傾向にある。が、今年2005年は全長3607kmとまた少し長くなった。23日間の開催期間中のなかに、2日間の休養日が設けられていることがビッグレースの特色でもある。コースは概ね前半が平坦なステージ。ここでスプリンター達が活躍し見せ場を作ったあとは中盤にピレネー山脈へと舞台を移し、いよいよこの山岳ステージで総合優勝の行方も見えてくる。そして後半のアルプスで最後の決戦の場を迎え、ここでまた熾烈な戦いを繰り広げていくわけだ。このあたりが一番激しいバトルが展開され、観ているほうもつい応援に力が入ってしまうステージだ。

さて、今や自転車界のみならず全世界のマスメディアが注目し、サッカーのワールドカップ・オリンピックと並ぶ世界3大スポーツイベントに数えられるこのツールドフランスも、その生い立ちはスポーツ新聞社の宣伝拡張のために開催したことが出発点となっている。現在はレキップ紙と紙名が変わっている当時の新聞社ロトの編集長が企画立案したのが発端で、自転車レースが盛んなフランスならではの他紙への対抗戦略としてツールは考えられた。

1903年に開催された第1回大会は、実に1ステージの平均走行距離が400kmという驚くべきものだった。当時のツールはどちらかといえば耐久レースの趣きがあって、他紙が企画した、現在はブルベとなっているPBPことパリ・ブレスト・パリと同様、現代のようにしっかりとオーガナイズされているようなレースではなかった。選手はスペアタイヤを自分の体に巻きつけ、一日400kmもの走行距離であることから道端で仮眠を取り、第三者からのサポートは一切禁止されていた。

また、当時はまだギアの変速システムが開発されておらず、上り坂では選手が自転車から降り、ダブルコグのリアホイールを入れ直して登攀用のギアにセットし直さねばならなかった。体力もさることながら、コースによって使用するギアの選択や、また交換する時期のタイミングなども成績に影響を及ぼしていたことが予想され、選手の的確な判断がこれを左右していたことだろう。

第2回大会では数人の選手が途中で列車に乗ったために失格になったというエピソードも残されているほど、過酷な、まさに耐久レースともいえる大会であったことが窺える。今とはまた別の厳しい戦いが展開されていたわけだ。